音吉ブログ

音吉ブログ

7年・・・

2018年3月11日 日曜日

7年・・・

今日は追悼の日。あれから7年が過ぎ、毎日美味しいお酒を呑んでいます。

何かをしたくて堪らなく、3月30日の早朝、気仙沼市へ炊き出しに出掛けました。高速道路はガタガタでサービスエリアのトイレは使えず、ガソリンは携帯缶に入れての11時間の旅でした。行きも帰りも、走っている車両は自衛隊、警察、消防署のみでした。

避難所に着くと、停電のため夕食は明るいうちの17時頃ということで、すぐに取り掛かり、約250名の方に500本の五平餅を焼き、17時には帰路に着きました。それから4月、6月、翌年と炊き出しの旅は続きました。今は懐かしく当時のことを思い出しますが、まだまだ、被災地の復興はなされていません。ましてや、復興オリンピックなど、何を言わんかやです。原発事故の福島は、未だ避難生活を余儀なくされている方が大勢います。それなのに、安倍君は死の商人と手を組み、原発の再稼働を認め、海外にも売り込みを計っています。

何故、日本国民は安倍君が好きなのでしょう。森友問題で、いよいよ安倍君のエピローグが始まりそうです。

長州の武士ならば、潔く切腹しましょう。

 

今回は少し長くなりますが、「備えあれば憂いなし」です。自分は幼い時から土石流の怖さを祖父母、父母から教えられ育ちました。台風情報で危ないと思った時は、一週間前から位牌や衣類、布団まで母の実家へ運びました。大雨の度に、幾度となく非難して来ました。

 

津波は、また必ずやって来ます。皆さん、ご存じだと思いますが、岩手の普代村(人口約3,000人)は大震災の折も死者0人、住宅の被害無しでした。東北一の高さの15,5mの防潮堤と水門を造くり、尚且つ、津波が乗り越えた時は、そのエネルギーを一個所に集めるために流域の集落を集団移転させています。今は亡き村長の執念の結実です。

 

我が家の冷凍庫に貼ってある「がんばろう東北」は、炊き出しの一回目から付き合ってくれた、今、南木曽町長の向井さんが作ったものです。

本日は大勢のご来店ありがとうございました。明日も皆さまのご来店をお待ちしております。



トラックバック(0)

トラックバックURL: http://tsumago-otokichi.jp/mt/mt-tb.cgi/1700



この記事にコメントする

<< 一覧へ戻る